当ブログ「勝利王と百年戦争:歴史ノート」を公開してから、早くも10日が経ちました。
まじめな歴史情報サイトを作って、じっくり育てていこうと考えていたのに。
つい出来心で、またつまらぬモノを作ってしまった……
Bonjour!!
ゆる勝利王、7番目のシャルルさんだ!
ゆる勝利王、7番目のシャルルさんだ!
ひとつ前のページを、まじめな文脈で更新。
その後、少し手直しして再び更新したときに、ちゃっかりプレ登場しています。
ですから、すでに「謎のゆるキャラ」にお気付きの方もいるかもしれませんね。
かぶりっこメーカーで生成しました。
今回はこの人を……
ゆるキャラマスコットの誕生秘話と、シャルル七世幼少期のエピソードをご紹介します。
ゆるキャラのモデルは、勝利王10歳
仮にも、「勝利王」と称賛されたシャルル七世。
実態はともかく、二つ名だけはかっこいいんですよこの人。
それなのに「勝利王」の威厳と面影はどこに…
本当はフェイスライン
まったく原型をとどめていないじゃないか!!と、お嘆きの読者さま。
ご安心ください。
ちゃんとアイコンのモデルが存在しています。
狂人王シャルル六世の五男シャルル(のちのシャルル七世)は、王位継承順位が低いせいもあって不遇な幼少期を過ごしていましたが、10歳のとき、アンジュー公とヨランド・ダラゴン夫妻の長女マリー・ダンジューと婚約が決まります。
婚約をきっかけに、シャルル王子はアンジュー家の本拠地アンジェ城に預けられて、マリーのきょうだいとともに養育されます。
この絵画は、シャルル七世がアンジューに来た当時のものだそうで。
真ん中にいる
画面の向かって左側の手前、白馬のポニーに乗っているのがシャルル七世。
周りにいる人たちより小さく描かれていて、ポニーの背中にフランス王家の紋章フルール・ド・リスの敷物がかけられているので幼少期の王子だとわかります。
当時10歳の少年です。
シャルル七世の肖像画は赤い服を着ているパターンが多く、この絵のシャルル王子も真っ赤なフード付きローブ(ガウン)が目を引きます。
えっ、王子の赤いローブよりも女性のコーンヘッドの方が気になりますか?
当時、フランスで流行していた最先端のヘアスタイルだそうですよ。
ゆる勝利王、7番目のシャルルさんはマスコットとして
そして、私がうまれた。
赤い彗星でも、赤ずきんでもなく、赤いローブのシャルルさんです。
10歳当時のシャルル7世をモデルにしたアイコンです。
まんまるゆるキャラな外見でも、中身はフランス王(自称)であり、なにせ勝利王(自称)ですから、イングランド関連エピソードだと辛口モードになります。ご承知おきください。
まじめな歴史エピソードの閑話に、ちょっとしたアクセントといいますか、マスコットとして、ときどき登場してもらおうかと。
極東の島国ジャポンの人々よ、よろしくー
(島国にはあまりいい印象がないのだが…)
(島国にはあまりいい印象がないのだが…)
関連Web小説(外部サイト)『7番目のシャルル ~狂った王国にうまれて~』掲載先リンク集
[あらすじ]
15世紀フランス、英仏・百年戦争。火刑の乙女は聖人となり、目立たない王は歴史の闇に葬られた。
一般的には「恩人を見捨てた非情な王」と嫌われ、歴史家は「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と秩序をもたらした名君」と評価しているが、500年後にめざめた王は数奇な人生について語り始めた。
「あの子は聖女ではないよ。私はジャンヌを聖女とは認めない。絶対に」
歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。
[あらすじ]
15世紀フランス、英仏・百年戦争。火刑の乙女は聖人となり、目立たない王は歴史の闇に葬られた。
一般的には「恩人を見捨てた非情な王」と嫌われ、歴史家は「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と秩序をもたらした名君」と評価しているが、500年後にめざめた王は数奇な人生について語り始めた。
「あの子は聖女ではないよ。私はジャンヌを聖女とは認めない。絶対に」
歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。
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